第二子出産の記録(39週1日、自然分娩、スピード出産!)

みなさん、こんにちは!しゃけ子です。
ブログを始めて、正直、何を書こうかな~と迷っていましたが、一番直近であったビッグイベントである、出産について記録しておこうと考えました。
出産後は概ね問題なく入院生活を過ごせたものの、やはり色々なことが起こって悩んだりしたこともありました。
これから出産される方のご参考になればと思います!

誕生から2カ月、現在

第二子(2人目の息子なので、次郎としておきます)は6月半ばに、体重3,600g、身長51.5cmとなかなかビッグなボディでこの世に誕生しました。自然分娩です。
現在は誕生から2ヶ月が経ち、子供が2人いる生活にも慣れ、自分自身の体調や身辺も落ち着いてきました。夜間授乳を同じく育休中の夫と交代していることもあり、だいぶ元気になってきたため、そろそろ運動等もしはじめたいと考えているところです。2人育休の暮らしぶりについては、また今度別で記事を書きたいと思います。

次郎誕生の経緯

今回の出産は色々とドタバタが多かったので、経緯を少し細かく書いておこうと思います。

正期産を迎えてソワソワ

37週を過ぎると「正期産」と呼ばれる時期に突入し、いつ生まれてもおかしくない状態になります。太郎は37週3日で出産しているため、今回も早めに生まれるのではないかとソワソワしていました。しかし、不規則にお腹が収縮する「前駆陣痛」は感じていたものの、正直そこまで痛いわけでもなく、なかなか生まれる気配を感じませんでした。

前駆陣痛でフライング入院

ある日の夕方、そこまで痛くはないものの、5分間隔でお腹が張るのを感じました。2人目の出産は早いと周りから聞いていたため不安になり病院へ電話したところ、一応診てくれるとのことだったため、入院用の荷物を持って病院へ向かいました。
病院に到着した後、空いていた個室のベッドでNSTを装着してお腹の赤ちゃんの様子を伺っていました。ところが、お腹の張りはあるものの、痛みは全くないまま数時間が経過。心配なので一晩入院させてもらいましたが、朝になっても陣痛は来なかったため、一旦帰宅することになりました。正直、何もなく家に帰されたのは少し恥ずかしかったのですが、万が一を考えて病院に連絡したので、仕方ないと割り切りました。

太郎、発熱

フライング入院から1週間ほど経過した頃、太郎が発熱し、保育園からお迎えコールがかかりました。その頃太郎は、いつ来るかもわからない出産に備えて動きやすくするため、土曜日も別料金で保育園に通わせていました。週6日保育園に通っていたためか、少し疲れが出てしまったようでした。15時ごろ夫が迎えに行きましたが、夫は仕事があるため、私がおやつをあげたり、お昼寝させようとしたりと、太郎の相手をしていました。

まさかのその夜、破水

その頃夫は仕事が忙しく夜も仕事していたため、太郎の寝かしつけは私がやっていました。フライング入院から毎日のように前駆陣痛を感じていたのですが、その日の夜も、やはり前駆陣痛のような痛みを感じました。私は、また前駆陣痛だなぁくらいにしか思っていなかったのですが、実はそれは、本陣痛でした。寝られる時に少しでも寝ておこうと思って寝ていた21時半ごろ、突然痛みが強くなって、腰がガンガン痛みだしました。とりあえずトイレに行こうと思って立ったその時、股のあたりをチョロチョロ何かが流れる感覚がして、破水したことが分かりました。とりあえず別室で仕事していた夫を呼びつけ、まずは病院に電話し、その後マタニティタクシーに電話しました。一連の流れはフライング入院の時に経験していたので、幾分スムーズだったように思います。ちなみに、病院へ電話した時はフライング入院の時に対応してくれたのと同じ助産師さんが電話に出たので、「先週もお電話くださったしゃけ子さんですね!」と言われてとても恥ずかしい思いをしました(^^;)

スピード出産

電話してから5分ほどでタクシーが到着し、急いで病院に向かってもらいました。病院までの道のりは車で20分ほどでしたが、すごく長く感じました。車の振動は陣痛を促進させてしまうようで、素人の自分にも、どんどんお産が進んでいるのが分かりました。陣痛の間隔がだんだん短くなり、痛みも増してきました。やっとの思いで病院に着いた時、タクシーの運転手さんに荷下ろしを手伝ってもらいましたが、とても自分だけでは病院内に運べないなと思っていたところ、救急口にいたご家族3人組の方たちに助けていただけました。おそらくお母さんと、おそらく成人済みの娘さん、息子さんの3人でした。積極的に声をかけてくださり、荷物を持ってくれたり、救急口で守衛さんを呼び出してくれたりしました。病院内に入ってエレベーターの前で待っていると、車いすを持って、助産師さんが2人来てくれました。1人は荷物を持ってくれました。そのまますぐ産婦人科病棟に向かい、LDR室のようなところに連れてきてもらいました。そうこうしているうちにも、どんどん陣痛の間隔が短くなっていきます。助産師さんは急いでお産の準備を進めてくれて、点滴やその他もろもろの準備をしていましたが、私のいきみ逃しも手伝ってくれました。私は陣痛のたびにお尻が痛くなったので、「お尻!おしり~!!」と叫ぶと、助産師さんがお尻を押してくれました。お産の準備が整うと、私はもういきみたくて仕方がなくなっていました。陣痛が来ると、自然と力が入るのです。人間は、こうやって本能的に赤ちゃんを産む方法が分かっているのだと思うとすごいなと思います。陣痛が来るたびにいきんでいると、割とすぐに、赤ちゃんが下りてきているのが分かりました。パンパンに膨らんでいたお腹がへこんできて、陣痛の痛みがお腹から骨盤の方に移っていました。ここまで来たらもう少しだと分かっていたので、最後の力を振り絞り、いきみ続けました。何度かいきんでいくと、ずるんっという感覚があり、赤ちゃんが生まれたことが分かりました。その時はちょうど、日付を跨ぐ直前の、23時59分でした。
スピード出産だったためか、体の負担は比較的少ないように感じました。太郎の出産の時は、陣痛で一晩中苦しんだ末の出産だったためかなり疲弊していましたが、今回は少し余裕がありました。生まれた瞬間も、「生まれましたよ!」という助産師さんの声に、思わず「やったー!」と応えたほど余裕がありました。
出産直後は興奮していたためか、真夜中にも関わらず全く眠れませんでした。

授乳問題

出産後、母乳をどうするか悩みました。
授乳について、太郎が生まれた時はなるべく母乳を頑張りたいと思って最初は混合でやっていたのですが、あまり頻回に授乳できなかったこと、授乳の抱き方がうまくできなかったこと、母乳がそこまでたくさん出なかったこと、太郎が食いしん坊(笑)だったことから、4ヶ月で母乳をやめ、完全ミルク育児(以降、完ミと記載)に切り替えていました。その苦い思い出があるため、次郎は産む前から完ミにしようと思っていたのですが、産んだ後助産師さんと話していると、病院にいる間だけでもやってみようかなと思い始めました。出産後
抱き方は意外と覚えていたので、最初は順調に吸わせていたのですが、乳頭が硬かったようで、だんだん嫌がるようになりました。通常、母乳を頑張ると宣言すれば助産師さんがマッサージ等で支援してくれるのですが、私は病院にいる間だけにすると話していたので、あんまり分泌させても後で困るだろうということで、マッサージはされていませんでした。マッサージしていないと、乳頭がかなり固く、赤ちゃんは咥えにくいようでした。それでもなんとか吸わせていたところ、とうとう乳頭が切れてしまって、痛くて痛くてとても授乳できなくなってしまったので、思い切ってそこですっぱり母乳をやめることにしました。これ以降は、現在もミルクのみで育てています。

断乳の痛み、会陰の痛み

母乳をやめると、当然ですが胸が張ります。断乳のためには、胸を目一杯張らせることで、脳に「もう母乳はいらない」ということを分からせる必要があります。今回も脳にそう思わせるため、母乳はあげずに胸を張らせ続けたのですが、これがまた、とっても痛い…!!看護師さんに保冷剤をもらって冷やしてはいましたが、うつぶせに寝ると胸を圧迫して痛くなるし、仰向けは仰向けで胸が流れるのでその時に痛むしで、うまく眠ることすらできませんでした。この胸の痛みに加えて、会陰切開の傷もかなり痛んで、2日間ほどは地獄のような時間を過ごしました。今回の会陰切開は、切開の仕方や縫い方に疑問を持つほど痛く、正直あまり上手な方ではなかったのではないかと思っていました。
この痛みが激しい2日間ほどの間は、赤ちゃんを度々預かってもらいながら、なんとか睡眠時間を確保しつつ、ロキソニンを飲んで乗り越えました。

赤ちゃんのおへそが腫れている疑惑

ある日、おむつ替えをしていると次郎のおへそが少し腫れているように思えました。看護師さんにその旨伝えると、小児科の先生に診てもらえることになりました。
小児科の先生からは、超音波等でも検査をして、特に問題なさそうではあるが、経過によっては手術が必要となる可能性があり、その場合は別の大きい病院に転院することになると言われました(その病院には小児外科の専門医がいなかったため)。出産直後で精神的に安定しない状態でその話を聞いた時は号泣してしまいましたが、その後冷静になり、なんとか自分を納得させることができました。
幸い、その後の経過は順調で、退院には影響がないと言われましたが、退院後もしばらくはお風呂上りにおへそに薬を塗って、ガーゼで保護する必要があると言われ、それまた心が折れる要因となったのは、また別の話です…。太郎の時も色々ありましたが、産後の消耗した状態で慣れないことをしなければならないのが辛かったです。

退院

そうこうしているうちに、退院日になりました。
退院の日は夫に迎えを頼んでいたため、荷物の心配はしなくて済んだのが幸いでした。夫も、生まれたての我が子に会えるのを楽しみにして来てくれました。
私の胸の痛みや会陰の痛みも、退院前日に劇的に良くなりましたし、次郎のおへそも問題ないと言われ、大手を振って退院することができました。
こうして私は無事に予定通りの退院を迎え、そこからまた、新たな4人家族としてのスタートを切ることになったのでした。

さいごに

妊娠や出産は、本当に色々なことが起こります。
妊娠中、無事に過ごせるだけでも奇跡的であるにも関わらず、出産時にも一人ひとりのドラマがあり、私自身もかなりドラマティックな体験ができたように感じます。
次にまた出産する機会が訪れるかはさておいて、もし次があるのなら、太郎、次郎の出産のことを踏まえて過ごせるといいなと思っています。

長々とした体験談を読んでいただき、まことにありがとうございました。
また別の記事でお会いしましょう。